

7. 予感
―わたしたちに、はじまりはあるの?
新商品のチェックを一通り終えたあとの海辺の繁華街で、仕事の話しが途切れた隙間にすべりこんだ君のどうともとれないこの言葉は、見事に僕の頭の中身を空っぽにした。
動揺とはどうしてこうも隠せないものなのだろう。
視線を一点に集中させようとしても、すぐにまわりの景色が崩れ落ちる。
ちいさなため息とともに軽く笑った君は、僕の前を早足で歩き始めた。
人の波を上手にすり抜けて歩く背中にまぶしさを感じながら、僕は見失わないように必死で後を追う。
創業180年とかかげられた和菓子屋を右に曲がり、2件目の大きなけやき屋敷を左。港まで600メートルと書かれた看板を過ぎ、点滅する信号で走り、横断歩道の目の前にある港の階段を降りきると、君は突然振り返り
―ちがうの
と、息をきらし僕の胸元を見つめて、言った。
―なにが、違うの?
呼吸を整えながら出来る限りの冷静で声を絞り出す。
―いいの。とるにたらないことなの、このことは
―違う
―ちがう?
―僕には充分にとるにたるんだよ、充分にとるにたるんだよ、このことは!
―充分にとるにたるんだよ、このことは!
君はこの日から何度も僕の口調を真似しては、楽しそうに笑った。
それはいつも僕にとっては突拍子もないと感じるときで、たとえばそれは、遅めの朝食をとったあとだとか、バスタブから僕の背中に向かってだとか、珍しく甘いお酒を頼んだとき、だとかー
ここのところ、この言葉を聞くことはなくなった。
7回目の冬、きつい言葉、あまりにも突拍子のないところ、君の好きな雨の日、必ず数を数えながら降りる階段。
―君とずっと一緒にいられるのは、僕くらいだよ
無邪気にそういって笑った僕は、誰だったのだろう。
いつの間にか、会いたいとさえ言えなくなっていた。ふたりの交わすメールは「忙しい」の往復になっていた。
―デート、しようよ
朝の電話は、あまりにも突拍子のない柔らかい声。
手につかない仕事を早めに切りあげてみたものの、待ち合わせまでの時間をもて余しては、途方にくれて今にも降り出しそうな空を見上げる。
街を照らしはじめた車のヘッドライトを数えながら、待ち合わせの時を待つ。
僕はいま、おもいのほか落ち着いている。
僕はいま、おもいのほか君に会えることを単純に嬉しく感じている。
僕はいま、おもいのほか、おもいのほか、おもいの、ほかー。
―雨
堪えきれなかったのだろう。雨が、街を濡らす。
君の好きな、雨。
コンビニで簡単な傘を買ったら、何も知らない顔をしていつもの待ち合わせの改札で会う。
いつもどおりにくだらない話をしながら少し歩いて、食事をする。他愛のない話しを聞いて、たまに笑わせてみる。
そしてあまりにもさりげない雰囲気で、僕は君の決意の言葉に頷くだろう。
僕がおもいのほか君を好きだったということに、誰も気がつかないうちに。
上手にさりげなく、上手にさらりと笑って。

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